高崎酒造株式会社
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高崎酒造 焼酎の歴史

−高崎酒造株式会社の沿革−
明治25年 創業者高崎貞吉が鹿児島市より種子島に移住。島内の行商を始める。
明治36年 焼酎製造の免許を取得し、焼酎製造を開始。(銘柄は『大黒』)
昭和25年 個人経営から法人組織とし、『合名会社高崎貞吉商店』とする。それに伴い、銘柄を『南州』に変更。
昭和31年 高崎酒造株式会社に法人組織を改組。
昭和40年 『しま甘露』発売。
昭和61年 事業の拡大に伴い、最適の湧水と新鮮な甘藷を求め製造工場を現在地(西之表市字安納苗代岡)に新設移転。
平成7年8月 種子島むらさいきもを原料とした『しまむらさき』発売。
平成11年5月 種子島安納いもを原料とした『しま茜』発売。
平成11年11月 『碧の手紙』発売。
芋畑
焼酎の夜明け 日本甘藷栽培初地之碑(種子島・西之表市)

今から三百有余年前の元禄11年(1698年)、第19代種子島島主・種子島久基は、琉球王国・尚貞より甘藷一籠を譲り受けた。久基の家臣・西村時乗は栽培法研修の後、下石寺の大瀬休左衛門に実験的試作を命じた。苦心の末、休左衛門は試作に成功、栽培を可能とした。
これが、わが国初の甘藷栽培、いわば芋焼酎の夜明けである。
前田利右衛門が琉球から甘藷を持ち帰り、鹿児島県指宿郡に栽培したのが宝年3年(1705年)、種子島の甘藷栽培より実に7年後のこと。
また、青木昆陽らの努力により甘藷が日本全国に広まり日本の飢餓を劇的に救済することとなるのは、さらにその後の話である。



高崎酒造株式会社
 本社: 〒891-3111 鹿児島県西之表市西町6993-1

TEL 0997-22-0707  FAX 0997-23-0036
 工場: 〒891-3102 鹿児島県西之表市安納字苗代岡1861-2

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