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さつま芋の島

さつま芋伝来の歴史をひもとけば芋焼酎の起源が見えてくる

さつま芋伝来

薩摩山川の前田利右衛門が、1705年に船乗りとして琉球から甘藷(さつま芋)を持ち帰り、薩摩藩で栽培が始まる以前に、種子島ではすでにさつま芋が伝わっていた。種子島家譜(※1)にはこのように書かれています。

 

“元禄十一年(1698年)、中山国王(ちゅうざんこくおう)(琉球国王)、甘藷(かんしょ)一籠を伊時(第十九代島主、種子島久基)に贈る、家老西村権右衛門時乗に命じて吾が采邑(さいふ)石寺の野に殖ゑしむ、日本甘藷の権輿(はじまり)なり。”

 

1698年に琉球から贈られたさつま芋を久基が家老に命じて栽培させました。これが、日本でのさつま芋栽培の始まりです。

 

写真:日本初の甘藷栽培地の石碑(西之表市石寺)

甘藷伝来の碑

 

さつまいもの島

第二十一代島主種子島久芳が書いた甘藷伝(※2)にこのような記述があります。

 

“吾が種子島の辺邑石寺の野に植ゑしむ、漸く二三年を以て一島に拡充す。其の用いたるや酢と作(な)り醤と作り糖と作り酎と作り飴と作り羹と作り粉を作る。”

 

さつま芋伝来から2、3年後に島全体に広まったさつま芋栽培、酢や醤油などさまざまな物に用いられていたようですが、そこに書かれている酎は焼酎のことです。だとすると、本土にさつま芋が伝わる以前に種子島で芋焼酎が造られていたことになります。 種子島は、芋焼酎発祥の地と言えそうです!

 

写真:蔵に搬入されたさつま芋

焼酎芋

 

サツマイモの島

これまでに書いたように、日本初さつま芋栽培地の種子島は、さつま芋加工品においても日本初があるのではないか?歴史書をひもとけば、種子島のさつま芋文化が見えてきます。
種子島では、現在も一般的に使われているさつま芋の澱粉。水で溶いて加熱すれば郷土料理の「から芋せん」になります。外はかりかり、中はもっちり、シンプルに生姜醤油で食べるもよし、煮物にいれてもよし、焼酎との相性は抜群!澱粉用さつま芋は種子島農業の基幹作物です。おやつには、「芋もち」がおすすめ。さつま芋を混ぜてついたもちにきなこをまぶしてできあがり。「さつま芋澱粉」も「芋もち」も種子島では商店などでよく目にする一般的な食材です。

 

写真:ピーナッツ醤油をかけた「からいもせん」

からいもせん

 

安納いも

テレビや雑誌などで紹介されることも多い安納いも。驚きの甘さとしっとりしたクリーミーな食感が特長で、焼き芋にすると蜜があふれ出します!

 

“安納いものルーツは、第二次世界大戦後にスマトラ島北部のセルダンという地域から兵隊さんが持ち帰った1個の芋を島内で栽培しはじめたのが安納いもの始まりだと言われています。その芋は糖度が高く、食味が良いことから、その栽培が安納地域から他地域に拡大したことにより、安納地域の名称を取って「安納いも」と呼ばれるようになりました。

安納在来いもが安納地域を中心にして種子島島内で栽培されており、驚きの甘さと、ねっとりとした食感が大人気で、平成元年に鹿児島県農業開発総合センター熊毛支場で優良品種の選抜育成に取りかかり、平成10年に品種登録されました。(安納いもブランド推進本部ホームページより)”

 

写真:安納いもの収穫

安納いも

メモ
※1 種子島家譜とは

「種子島家譜」とは寿永2年から明治28年まで約700年にわたって書き継がれた89巻に及ぶ漢文日誌(家譜)のことです。

 

※2 甘藷伝

第二十一代島主、種子島久芳が祖父にあたる久基の功績を後世に遺すために書いた甘藷伝来の記録。

 

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